「茶の湯文化」を“伝える”試み 木下史青 2024-05-09 UP



01|GoPro茶会@東博


 小型のビデオカメラ(GoProなど)で撮影した動画を、YouTubeやInstagram、facebook等で、ネット上にアップすることが流行りだ。従来、スポーツなどアクティブでスピード感のある動きを、「外側」から記録していたものを、それを行う者自身の「内側」からの目線で見たものを「共有」することができる。そのスポーツを未経験でも、動画による疑似体験によって、実際に体験したかのようなヴァーチャルな「浮遊感」や「没入感」を、素人撮影でも得ることが可能になった。この感覚に入り込むと、日常が超現実と重なって、何がリアルなのかの境目が分からなくなり・・・そんな話はここでは一応置いておこう。

 さて、「茶の湯」の意味・魅力である、静寂とゆったりと流れるような時間のなかでの動きを、「内側」と「外側」との交流・関係性を記録することができたら面白いのではないか・・・「茶の湯」や茶道は、それを未体験者からすると、なぜ「喫茶」することから、そこで使われる「道具」に「美」なる価値を見出すことができるのかがそもそも??である。数百年の時間で伝来した、それら茶の湯の道具を所蔵する博物館としては、総合文化としての「茶の湯」を、来館者へ伝えることは、まさに切実な課題といっても過言ではないといえる。

 そんな発想を元に、GoProで映像を作ることで、東京国立博物館の「茶の美術」展示を、「より分かりやすく」お客様へ伝えることが可能となり、さらには「茶の湯」を初めて見る外国人へ伝えることが可能ではないか⁈
ちょうど東博の「茶の美術」展示室のリニューアルを検討していた後輩研究員から、少々茶道の心得もある僕のところへ、何か相談があると持ち掛けられたのが、2023年の春頃だったと記憶している。そこから仮称「GoPro茶会」は、東博の「茶の美術」にかかわる学芸員と、展示に関わるデザイナー双方のアイデアからスタートしたのである。

02|道具 “置き合わせ” と “茶碗の鑑賞”

 昨年九月一日は、東京国立博物館(以下、東博)の庭園にある茶室「転合庵」注1に於ける、茶道具の「置き合わせ」と「茶碗の鑑賞」を撮影するということで、私が演者に扮しての《GoPro茶の湯》撮影 注2 、だった。
小型のビデオカメラ付きヘルメットを頭に被って、茶室内で茶道具を置き合わせるという、私自身初めての「試みの茶の湯撮影」である。予め炉の横に水指と茶入を据え、亭主役の私が茶碗を持ち出して起き、次に建水・柄杓を持ち出して「どうぞお楽に」までを行う。要は「点法(点前)」は行わない。(炉に炭は無く火も起きてないし水指に水は入っていない。)

最近の9月といえばまだ夏盛りの暑さである。ましてや「茶の湯」に臨む一日を楽しむと言えば、まず着物を着て涼しげな顔をしなければならないと、前の日から体調を整えるのだが、なにかと準備と雑事に追われて寝不足になりがち・・。控室でキモノを着る。9月は本来「袷(あわせ)」の季節だが、エアコンの無い転合庵に一日籠っていたらと想像すると、茶室で熱射病に・・ということで、単衣を着て袴を付けて庭を通って撮影現場へ向かう。

ここまで準備して、さてこれでどんな動画ができるんだろう・・・という?が頭を過ぎる。が、転合庵という小堀遠州公由来の茶室で、東博の所蔵 “茶道具”を手どることができる。<<続きは5月20日ごろ>>


東博庭園にある転合庵

注1 《GoPro茶の湯》撮影=東博 本館4室「茶の美術」・解説用デジタルサイネージの為の撮影である。
   「GoPro」とは小型カメラの商品名で、
  この「茶の美術」展示室は「茶の湯をより分かりやすく伝える」ため、担当研究員がデザインの研究を重ね、リニューアル工事を経て令和6(2024)年1月2日に一般公開された。
注2  転合庵=東博庭園にある6つの茶室のうちの1つ。

 <転合庵(てんごうあん)※東博HPより
  小堀遠州(こぼりえんしゅう 1579~1647)が桂宮から茶入「於大名(おだいみょう)」を賜った折、その披露のために京都伏見の六地蔵に建てた茶室です。
  1878年、京都・大原の寂光院に伝わっていた転合庵を、渡辺清(福岡県令、福島県知事、男爵)が譲り受け、東京麻布区霞町に移築。
  その後、三原繁吉(日本郵船の社員、浮世絵コレクター)へと所蔵者が変わっています。
  三原は茶入「於大名」も入手し、茶室転合庵とゆかりの茶入「於大名」がここで再び巡り合うこととなりました。
  その後、塩原又策(三共株式会社 今の第一三共の創業者)を経て、妻の塩原千代から昭和38年(1963)に茶入とともに当館に寄贈されました。


文:木下史青 氏
 

筆者紹介
木下史青 氏

■プロフィール
1965年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科 博士後期課程修了 学位取得(美術)、株式会社ライティング プランナーズ アソシエーツを経て、1998年より専属の展示デザイナーとして東京国立博物館に勤務。
照明、配置、保存など展示に関するプロデュースを主な業務とし、「国宝 平等院展」「国宝 阿修羅展」をはじめとする特別展・総合文化展の展示デザインを手がける。現在、独立行政法人国立文化財機構 東京国立博物館 上席研究員(デザイン)。

■略 歴
2004年、東京国立博物館の本館リニューアルにおいて平常展示のリニューアルデザインを担当し、2006年日本デザイン学会年間作品賞、2016年「平等院ミュージアム鳳翔館」照明改修・北米照明学会照明賞「Award of Merit」、2017年「那覇市立壺屋焼物博物館」照明改修・北米照明学会照明賞「Award of Merit」を受賞。
著書:『博物館へ行こう』(岩波ジュニア新書)、『東京帝室博物館・復興本館の昼光照明計画(東京国立博物館 紀要)、共著に『昭和初期の博物館建築』(東海大学出版会)。
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