烏丸光廣賛 三十六歌仙色紙 中納言家持 画像

烏丸光廣賛 三十六歌仙色紙 中納言家持

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商品説明
中納言家持
 佐保鹿の あさたつ 小野の秋萩に たまとみるまで おけるしら露

現代語訳
  牡鹿が朝に立っている野の秋萩に、玉のように美しい白露がついているよ

大伴家持 
 奈良時代公卿歌人大納言大伴旅人の子。官位従三位中納言三十六歌仙の一人。小倉百人一首では中納言家持。
万葉集』の編纂に関わる歌人として取り上げられることが多いが、大伴氏大和朝廷以来の武門の家であり、祖父・安麻呂、父・旅人と同じく律令制下の高級官吏として歴史に名を残し、延暦年間には中納言にまで昇った。

この軸が所載されている 小松茂美著 小学館「烏丸光廣」によると 
おそらく、もとは「三十六歌仙」の全図をぐびしていたものであろう。が今は、大伴家持の一図をのこすのみである。緑青を塗抹した上げ畳の上に、家持が安座する。歌仙絵の形式は、鎌倉時代以来定着して一定の型を生んだ。描く絵師によって若干の動きがあるが、大半は同じポールを踏襲している。黒い袍(ほう)を着け、表袴(うわばかま)をはき、冠をかぶっている。いわゆる束帯姿である。黒の袍描くにあたって、まず、淡墨の線で衣服を表す。あとから、その線を塗り残しながら、墨で塗りつぶしていく。いわゆる彫り塗りの技法である。ふくよかな顔面に小さな目鼻立ち。可憐な口元には、髭を蓄えている。一見、江戸時代初期に一世を風靡した岩佐又兵衛の画風に似通うものがあるが、さりとてこれを又兵衛の筆とする決め手はない。当時、絵屋で大量に生産していた、作者の名もしれぬレディメイドの歌仙絵ではなかったのか。その歌仙絵の賛の揮毫を頼まれた光廣が、三十六枚を一気に書き上げたものだろう。禿筆を駆って、情念の赴くまま筆を走らせたさまがまざまざと思い浮かぶ。それにしても、散らし書きの変化がまことに妙をえている。光廣の円熟の境に達した五十代の筆であろう。

小松茂美著「烏丸光廣」小学館 所載
縦:30.4
横:22.2
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