伊勢物語 第九段の内
なほ行き行きて、武蔵の国と下つ総の国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりに群れゐて、思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかなとわびあへるに、渡し守、「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さる折しも、白き鳥の嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ、魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、
名にし負はばいざこと問はむ都鳥
わが思ふ人はありやなしやと
と詠めりければ、
舟こぞりて泣きにけり
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