東京メトロ銀座線 京橋駅 6番出口から地上へ上がると中央通りに出ます。目の前に聳える文房具メーカーで有名なパイロットコーポレーションの本社ビルを正面に、左手へ歩き一本目の路地を右に曲がります。100mほど直進し、骨董通り交差点手前右角のビル(仲通りビル)の2Fに「古美術 齋藤紫紅洞」があります。エレベーターがありますが、手動開閉式のため慣れない方は階段をお使いください。子供の頃に百貨店で乗ったエレベーターが懐かしい。当時はエレベーター係が居たので操作する必要はありませんでしたが、ここでは自操する必要があります、「チ~ン!!ガラガラガラ~」。お店に入ると齋藤琢磨氏が出迎えてくれました。 Q.お店について教えてください。 A. 1984年に日本有数の骨董街である京橋で創業しました。ちなみに私が生まれた年でもあります。主な取り扱いとしては、古美術を中心とした茶道具です。父は書画を主に扱い、私は蒔絵や茶箱が好きで父とは異なった物も扱います。高校生まで父が何の仕事をしているかわかりませんでしたが、蒔絵の物が家に飾ってあったので、幼少のころから綺麗だなと感じておりました。蒔絵は日本の伝統的な工芸の一つであり、金粉・銀粉で装飾された蒔絵は素直に綺麗だと思えます。その中でも、茶箱の小さな道具に施されている手の込んだ細かい漆器に魅力を感じ、茶箱について勉強し蒐集しています。
齋藤紫紅洞店内
Q.茶箱の魅力について教えてください。 A.箱ひとつで何処でも茶席になってしまう事です。旅先でも茶室のない自宅でも茶会が出来てしまう魅力があります。近年の住宅事情にもマッチしていると思います。 茶箱の一つ一つが、コレクションとして完結できる面白さもあります。茶事を行うには、炭道具、濃茶道具、薄茶道具、懐石道具など、茶道具を一通りそろえる必要がありますが、茶箱一つあればそれだけで楽しむ事が出来ます。 また、茶箱を組むことに終わりはありません。良いものがあれば、入れ替えての繰り返しで、終わることのない究極の愉しみと云われています。そして、歳を重ねれば体の自由が利かなくなり茶事や茶会は出来なくなりますが、茶箱さえあれば一生涯お茶を愉しむ事が出来ます。茶人が最後まで手放さない道具とも云われている由縁です。 Q.茶箱の名品について教えてください A.利休所持の蒟醤(キンマ)茶箱が有名です。井戸茶碗、金襴手茶碗、唐物大海茶入、笹蒔絵棗、一閑茶杓、染付茶巾筒が仕組んでおり、表千家に伝来しています。「三冊本名物器」に記載されている遠州作の「無双」という茶箱も有名です。かぶせ蓋になっており、西行法師が女郎花に見とれて落馬したシーンが蒔絵されており、別名「女郎花茶箱」とも云われています。この茶箱の本歌は現存しており、後に松亭が写しています。 近代では、三井家に伝わる「唐物竹組大茶籠」が有名です。茶籠の中に、50点余りの道具が仕組まれており、茶碗や茶器などの主道具の他に、掛軸、花入、水注、釜敷、水指、香道具、袱紗、袱紗挟み、敷物など逸品・珍品がぎっしり詰まっています。 現代では、山田宗徧家元の故 山田宗蓉ご母堂様が蒐集した30点に及ぶ茶箱・茶籠のコレクションは有名です。御道具が良いのは勿論、何より仕覆にも強いこだわりを感じます。コレクションの図録があり良く参考にしていたのですが、茶の美の写真撮影をお願いしている佐野さんのお父様がすべて撮影されたとのことで、ご縁を感じております。 茶箱は、所有者の好みによって中身が入れ替えられていきますので、組まれた茶箱としての名品は少ないと思います。 齋藤琢磨氏 Q.茶箱の組み方を教えてください。 A.物理的に、一つの箱・籠に収めなくてはいけないので、それぞれの道具の大きさは重要です。サイズが数センチ数ミリ単位で入らない事はザラなのでお客様もお店に茶箱を持ってきて実際に合わせる方もいらっしゃいます。 組み方については特に決まりはありませんが、私は箱か茶碗から組むことが多いです。箱と茶碗が決まれば、残りのスペースに何を入れるか決まってきます。大きい茶箱であれば茶碗を複数仕組んだり、香合などを入れることもできます。ファッションと同じで物のバランスやセンスが問われます。それぞれの色合いであったり、面白みにかけないよう同種のものを避けたり、渋いものは渋いもので纏めたり、バランス、全体の調和がとても大切です。 茶碗は向付や湯呑として作られた小振りな器を使います。茶杓は「芋の子」といわれる切止に玉が付いたものが多く、元は薬の調合で使われた匙です。昔から「見立て」が多いので、ご自分の趣向で色々な物を茶箱に取り入れたら良いと思います。金工師の長谷川一望斎の茶箱は、手付きの湯沸かしの中に茶道具一式を組んでいます。用いる道具を茶箱に見立てたアイデアが斬新で、そこにその人らしい趣向があります。これも茶箱の面白いところで、茶人の数だけ千種万様の茶箱があります。 Q.美術商として、茶箱を扱う楽しさや苦労などあれば教えてください。 A.お客様と同じように茶箱を組むことは愉しく、茶碗などを組み合わせてピッタリ収まった時は嬉しいです。時には折角組んだのに茶筅筒だけ譲ってくれと言われる事もありますが私も商売ですので譲ります(笑)。 オークション・交換会などに出品された茶箱の中に、茶筅筒だけでも気に入ったものがあれば求めます。茶筅筒だけ取り上げて目当ての茶箱と一緒に組みます。 仕服が付いていないものは誂(あつら)えます。こだわっている方は、ご自分で仕服を作りたいというお客様もいらっしゃいます。紐の色や太さだけで印象が変わってきますので、袋の選定もセンスが必要です。 振出は口が小さいと金平糖が入りません。色々と探したのですが、現在は小さい金平糖を作っているお菓子屋さんが無いようです。一度、お客様からご要望があり両国の「とし田」さんに特注で作ってもらいました。キロ単位で…(笑)。 Q.コロナウィルス感染症対策でお茶のスタイルも変わりつつありますが、茶箱においても時代に合わせた新しい提案などあればお聞かせください。 A.コロナ禍、茶会や茶事が思うように出来ません。自宅に居る時間が増えましたので、気軽にお茶を楽しめる茶箱は良いと思います。濃茶は各服が推奨されているように、茶箱にも複数茶碗を組み、茶巾も使い捨てのものを使用し、お洒落な器にアルコール消毒液を入れて道具の一つとして取り入れることも、お客様を安全におもてなしする上で必要かもしれません。 皆さまのアイデアも色々と伺ってみたいです。是非、お店にいらっしゃって茶箱について語り合いましょう。
最後に齋藤氏は良いものを見せたいと店内奥から風呂敷包を持って来られました。箱から出てきたのは、小さな可愛らしい袋5個。指先で丁寧に袋の緒をとき、取り出したのは茶箱用に集めた香合でした。青貝や蒔絵、蒟醤(キンマ)など驚くほど繊細な模様に心を奪われました。茶箱という無限の宇宙に、さらに小宇宙が広がっていく…
茶箱の香合
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