1 「茶の湯文化」を“伝える”試み 木下史青 2024-05-19 UP



1-01|GoPro茶会@東博


 小型のビデオカメラ(GoProなど)で撮影した動画を、YouTubeやInstagram、facebook等で、ネット上にアップすることが流行りだ。従来、スポーツなどアクティブでスピード感のある動きを、「外側」から記録していたものを、それを行う者自身の「内側」からの目線で見たものを「共有」することができる。そのスポーツを未経験でも、動画による疑似体験によって、実際に体験したかのようなヴァーチャルな「浮遊感」や「没入感」を、素人撮影でも得ることが可能になった。この感覚に入り込むと、日常が超現実と重なって、何がリアルなのかの境目が分からなくなり・・・そんな話はここでは一応置いておこう。

 さて、「茶の湯」の意味・魅力である、静寂とゆったりと流れるような時間のなかでの動きを、「内側」と「外側」との交流・関係性を記録することができたら面白いのではないか・・・「茶の湯」や茶道は、それを未体験者からすると、なぜ「喫茶」することから、そこで使われる「道具」に「美」なる価値を見出すことができるのかがそもそも??である。数百年の時間で伝来した、それら茶の湯の道具を所蔵する博物館としては、総合文化としての「茶の湯」を、来館者へ伝えることは、まさに切実な課題といっても過言ではないといえる。

 そんな発想を元に、GoProで映像を作ることで、東京国立博物館の「茶の美術」展示を、「より分かりやすく」お客様へ伝えることが可能となり、さらには「茶の湯」を初めて見る外国人へ伝えることが可能ではないか⁈
ちょうど東博の「茶の美術」展示室のリニューアルを検討していた後輩研究員から、少々茶道の心得もある僕のところへ、何か相談があると持ち掛けられたのが、2023年の春頃だったと記憶している。そこから仮称「GoPro茶会」は、東博の「茶の美術」にかかわる学芸員と、展示に関わるデザイナー双方のアイデアからスタートしたのである。

1-02|道具 “置き合わせ” と “茶碗の鑑賞”

 昨年九月一日は、東京国立博物館(以下、東博)の庭園にある茶室「転合庵」注1に於ける、茶道具の「置き合わせ」と「茶碗の鑑賞」を撮影するということで、私が演者に扮しての《GoPro茶の湯》撮影 注2 、だった。
小型のビデオカメラ付きヘルメットを頭に被って、茶室内で茶道具を置き合わせるという、私自身初めての「試みの茶の湯撮影」である。予め炉の横に水指と茶入を据え、亭主役の私が茶碗を持ち出して起き、次に建水・柄杓を持ち出して「どうぞお楽に」までを行う。要は「点法(点前)」は行わない。(炉に炭は無く火も起きてないし水指に水は入っていない。)

最近の9月といえばまだ夏盛りの暑さである。ましてや「茶の湯」に臨む一日を楽しむと言えば、まず着物を着て涼しげな顔をしなければならないと、前の日から体調を整えるのだが、なにかと準備と雑事に追われて寝不足になりがち・・。控室でキモノを着る。9月は本来「袷(あわせ)」の季節だが、エアコンの無い転合庵に一日籠っていたらと想像すると、茶室で熱射病に・・ということで、単衣を着て袴を付けて庭を通って撮影現場へ向かう。

ここまで準備して、さてこれでどんな動画ができるんだろう・・・という?が頭を過ぎる。が、転合庵という小堀遠州公由来の茶室で、東博の所蔵 “茶道具”を手どることができる。


東博庭園にある転合庵

1-03|茶室「転合庵」は “向切”
 
 さて転合庵へ着くと、 茶室内にはポータブルの大型冷風機が据えられて、直径30㎝ほどのアルミ色のダクトが巡っていて驚くとともに少しは涼しげになるかと安心した。ディレクター・カメラマン・照明技術者・ゴープロ撮影関連スタッフ、そして東博研究員3名、演者をつとめる男役と女役の2名、10名ほどで小間・つなぎの間・広間は満員である。それでも釜・水指・茶入・茶杓・茶碗などの道具を広げる場所は、風呂敷を広げられる程度・タタミ2畳ほどの広さは確保しなければならないが、そこは道具を扱うプロの研究員は要領を得ている。僕自身、東博の列品(所蔵品)の茶の湯道具を初めて手にして扱う機会であり、しかもGoProによる撮影で、緊張の極を迎えている。・・・はずが、茶室にいると、何故か冷静でもあり、これはまさに「茶の湯の不思議」なんだろうか。
 
 前述のようなことから、これは特別な機会であることは充分承知していたはずだったが、転合庵の炉が「向切」であることで、さて点法(点前)の手順を知らないという落とし穴があった。というのは、蓋置を置く位置と柄杓の扱いを撮影直前まで悩んで・・・これは、師である遠州流茶道 浅井宗兆主監にメールでのご指導を仰ぐことになり、深く御礼申し上げる。
そうして長い一日の「茶の湯三昧」の撮影はスタートしたのである。(つづく)



◆GoPro茶会記メモ「炉、濃茶の置き合わせ」  (撮影日は令和5(2023)年9月1日)
 ・茶碗:黒楽団子文茶碗 長入作 江戸時代・18世紀  G-5005
 ・茶入:褐釉茶入 銘 木間(このま)  瀬戸 江戸時代・17世紀 広田松繁氏寄贈 G-5366
      ※銘の箱書は小堀遠州の三男小堀権十郎政伊(ごんじゅうろうまさただ)によるものとされる。
 ・水指:一重口水指 備前 室町~安土桃山時代・16世紀 G-4351
   水指、茶入・仕覆、茶碗等 道具は東博の列品より
 ・炉縁は転合庵既存 
 ・茶杓、建水、ふた置きは 東博常什 のもの
 ・茶筅・柄杓(濃茶用)・茶巾は遠州流のものを使用


注1 《GoPro茶の湯》撮影=東博 本館4室「茶の美術」・解説用デジタルサイネージの為の撮影である。
   「GoPro」とは小型カメラの商品名で、
  この「茶の美術」展示室は「茶の湯をより分かりやすく伝える」ため、担当研究員がデザインの研究を重ね、リニューアル工事を経て令和6(2024)年1月2日に一般公開された。
注2  転合庵=東博庭園にある6つの茶室のうちの1つ。

 <転合庵(てんごうあん)※東博HPより
  小堀遠州(こぼりえんしゅう 1579~1647)が桂宮から茶入「於大名(おだいみょう)」を賜った折、その披露のために京都伏見の六地蔵に建てた茶室です。
  1878年、京都・大原の寂光院に伝わっていた転合庵を、渡辺清(福岡県令、福島県知事、男爵)が譲り受け、東京麻布区霞町に移築。
  その後、三原繁吉(日本郵船の社員、浮世絵コレクター)へと所蔵者が変わっています。
  三原は茶入「於大名」も入手し、茶室転合庵とゆかりの茶入「於大名」がここで再び巡り合うこととなりました。
  その後、塩原又策(三共株式会社 今の第一三共の創業者)を経て、妻の塩原千代から昭和38年(1963)に茶入とともに当館に寄贈されました。


文:木下史青 氏
 

筆者紹介
木下史青 氏

■プロフィール
1965年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科 博士後期課程修了 学位取得(美術)、株式会社ライティング プランナーズ アソシエーツを経て、1998年より専属の展示デザイナーとして東京国立博物館に勤務。
照明、配置、保存など展示に関するプロデュースを主な業務とし、「国宝 平等院展」「国宝 阿修羅展」をはじめとする特別展・総合文化展の展示デザインを手がける。現在、独立行政法人国立文化財機構 東京国立博物館 上席研究員(デザイン)。

■略 歴
2004年、東京国立博物館の本館リニューアルにおいて平常展示のリニューアルデザインを担当し、2006年日本デザイン学会年間作品賞、2016年「平等院ミュージアム鳳翔館」照明改修・北米照明学会照明賞「Award of Merit」、2017年「那覇市立壺屋焼物博物館」照明改修・北米照明学会照明賞「Award of Merit」を受賞。
著書:『博物館へ行こう』(岩波ジュニア新書)、『東京帝室博物館・復興本館の昼光照明計画(東京国立博物館 紀要)、共著に『昭和初期の博物館建築』(東海大学出版会)。
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