五島美術館 特別展「古染付と祥瑞 ―愛しの青(blue)―」に寄せて 2025-11-22 UP

文:五島美術館 林 克彦

現在、五島美術館では、特別展「古染付と祥瑞 ―愛しの青(blue)―」を開催しています。国内の各所から作品を集めた古染付と祥瑞の展覧会は、昭和56年(1981)に横浜高島屋で開催された「古染付と祥瑞展 桃山文化と景徳鎮窯の出合い」以来、実に44年振りのことです。また、古染付が景徳鎮窯で焼造されたのは、中国・明時代の天啓年間(1621~27)のことと言われており、今年は石洞美術館が所蔵する天啓五年(1625)銘の「古染付山水図菊形鉢」が焼造されてから丁度400年になります。この記念の年に、「古染付と祥瑞」展により、改めて古染付と祥瑞の魅力を紹介します。

第1回 古染付の魅力
古染付の魅力とは何か、と問われれば、私は下記の3つを上げたいと思います。
1.日本人好みの形につくる
2.願いを描く
3.ありのままの姿を見せる

古染付には「茶器古染付」と「常器古染付」があります。「常器古染付」は中国のやきものの伝統に則った、円形の皿や碗のことで、中国国内向けに焼造された器の内、日本に輸出された器のことです。「茶器古染付」は茶の湯に使用するために、日本からの注文によって焼造されたと考えられています。

この「茶器古染付」は、桃山時代に流行した器物の形に倣ったものが多く、いかにも日本人好みの形をしています。南宋時代の青磁鳳凰耳花生(砧青磁)を模倣した古染付高砂手花生、南蛮芋頭水指を模倣した古染付山水図芋頭水指・古染付葡萄棚水指などがあります。

古染付に描かれた絵はやや黒ずんだ淡い呉須(酸化コバルトを呈色剤とした絵具)で、花や動物、山水図などが描かれますが、そこには中国の人たちの願いが込められています。例えば、魚であれば裕福になること、鴨であれば科挙に合格することを寓意します。山水図は疲れ果てた高級官僚(士大夫)が夢見る理想の世界が描かれています。山水図は、それまでの中国陶磁器にはほとんど描かれていません。古染付の絵は単なる文様ではないのです。

それらに加えて、古染付の特徴の第一は、何と言っても、疵と認識されるものが多数器面に残されていることです。口縁などに見られる釉のほつれである「虫喰い」や、パーツを接いだ痕である「胴継痕」、熔着を防ぐために器の下に付けられた砂粒など、いずれも器本来の美しさを損ねる疵であるはずですが、あえて器面に残されています。意図せずに付いたそれらの疵が、雅趣あるものとして却って日本の茶人たちの心を捉えたのでしょう。

古染付を代表して、五島美術館収蔵の「古染付辻堂香合」をご紹介します。形物(かたもの)(同形同文様の器が複数存在するもの)で、安政2年(1855)に刊行された『形物香合相撲』では、西方最高位の大関に位置付けられています。藤田家伝来で、類品の中でも、最も堂々とした名品として知られています。田舎の辻に建つ鄙びたお堂に枯れ葉が舞う情景が想像され、多数現れた虫喰いとともに侘びた風情が感じられます。


古染付辻堂香合
一合
明時代・17世紀前半 景徳鎮窯
五島美術館蔵
総高6.5㎝、胴径4.8×4.9㎝
 

第2回 祥瑞の魅力
祥瑞の魅力とは何か、と問われれば、私は下記の3つを上げたいと思います。
1.良質の粘土、絵具を使用した美しさ
2.丁寧なつくり
3.デザイン化された器と文様

祥瑞は、古染付に続いて景徳鎮窯で焼造された染付磁器で、茶の湯に使用するために、日本から注文されたと考えられています。祥瑞の名は、その器に「五良大輔(甫) 呉祥瑞造」の銘があることにちなみます。「祥瑞」の読み方については、17世紀後半の文献に「しょんすい」とあり、おそらく中国から輸入された当初から「しょんずい」と呼ばれていたのでしょう。

祥瑞の魅力の一つは、その見た目の美しさです。古染付とは異なり、精選された良質の呉須を使用して鮮烈で艶やかな青色に発色し、表面に掛かった釉薬も澄んで、磁胎の白さが際立っています。とは言いましても、祥瑞の青の色は幅広く、古染付のような渋みのある青のものもあり、一様ではありません。

古染付には、「虫喰い」や「胴継痕」、高台に付着した砂粒など、さまざまな疵が見られますが、祥瑞にはそれらがほとんど見られません。虫喰いが発生する口縁部は、一度釉を削り取ってそこに鉄銹(鉄釉)を施して「口紅」とし、胴継痕が見えないように、器の表面を丁寧に削って平滑にしています。また、高台畳付に砂粒が付着しないように、この部分も丁寧に釉薬を剥ぎ取っています。祥瑞特有の「胡麻土」(畳付に見られる胡麻状の斑点)は、焼成時に熔着を防ぐために敷いた砂粒の跡で、砂粒自体は付着していません。いかに器を綺麗に見せるか、その配慮が窺える丁寧なつくりが、祥瑞のもう一つの魅力です。

古染付の文様には、中国の人たちの願いが込められていましたが、祥瑞特有の文様(幾何学的文様など)には、中国の人たちの願いを読み取ることができません。古染付と異なり、器の形も他の器物を模倣したものではなく、祥瑞独特の形で、文様も日本から注文したデザイン化された文様と考えられます。

祥瑞が注文された時期は、日本では小堀遠州(1579~1647)が活躍した寛永時代(1624~1644)にあたり、「きれい」「だて」がもてはやされた寛永文化が花開いた時期です。「きれい寂び」と呼ばれる、小堀遠州が目指した茶の湯に相応しい茶道具として、祥瑞は考案され、当時の茶人に好まれたのでしょう。

祥瑞を代表して、「祥瑞一閑人反鉢」をご紹介します。楕円形に作った鉢の一部を大きく反らせ、その反らせた口の頂きに、愛らしい小さな人形が外を眺めるように貼り付けられています。捻(ねじ)花(ばな)と呼ばれる文様が内面いっぱいに描かれ、口を縁取る口紅(鉄釉)がその文様を引き立てています。数々の祥瑞作品がありますが、その中でも青色の美しさは際立っています。外側面に見える釉流れ(釉頽(ゆうなだ)れ)も見どころです。


祥瑞一閑人反鉢
一口
明時代・17世紀前半 景徳鎮窯
個人蔵
高10.2㎝、口径23.4~24.6㎝
 

第3回 古染付と祥瑞の交差
古染付と祥瑞は、共に日本から景徳鎮窯に注文した染付の茶陶ではありますが、その制作の方向性は全く異なると言っても過言ではありません。古染付から祥瑞へ、その変化は劇的なものだったのでしょうか。

「古染付と祥瑞」展では、古染付から祥瑞への変遷が視覚的に分かるように、紀年銘の書かれている作品を順番に並べてみました。
① 天啓五年(1625)銘 古染付山水図菊形鉢(虫喰いあり。呉須が黒ずみ淡い)
② 崇禎二年(1629)銘 染付詩入茶碗(虫喰いあり。呉須が黒ずみ淡く、詩文も古染付に書かれる詩文であるが、古染付とは断言できず)
③ 崇禎五年(1632)銘 染付吉祥文硯(虫喰いあり。呉須が黒ずむが、文様は祥瑞特有の祥瑞文様(幾何学的文様))
④ 崇禎八年(1635)銘 祥瑞詩文人物図茶巾筒(祥瑞文様を描き、呉須が濃い藍色)
⑤ 崇禎十年(1637)銘 染付龍図香炉(虫喰い多く、呉須が黒ずんでいる。銘文から中国国内向けと分かり、日本から注文した古染付とは言えず)
 
概説書によると、古染付は明時代の天啓年間(1621~27)を中心に焼造され、祥瑞は崇禎年間(1628~44)を中心に焼造されたとされています。紀年銘のある作品を並べてみると、古染付に特徴的な虫喰いが多く現れ、黒ずんだ呉須の作品は、祥瑞が作られていた時期である崇禎十年にも作られていたことが分かります(⑤)。また、虫喰いがあり、祥瑞文様を持つ古染付と祥瑞のあいのこの作品もあります(③)。このことから、古染付と祥瑞は、ある期間、同時に作られていたと考えられます。古染付から祥瑞への変化は、一見劇的に見えますが、ある程度の準備期間があったのでしょう。

最後に、古染付と祥瑞の区別が難しい作品を紹介して、この拙文を終えることにしたいと思います。

「菊栗鼠文徳利」は古染付の本にも、祥瑞の本にも登場する作品です。虫喰いが多く現れ、胴部に胴継ぎ痕がはっきり見えます。これは疵を見せる古染付の特徴です。一方で、呉須はバイオレットブルーに発色し、口の内側には祥瑞文様(幾何学的文様)が描かれるなど、祥瑞の特徴もあります。さて、この徳利は古染付でしょうか、それとも祥瑞でしょうか。本展覧会の図録の表紙に使う作品は、古染付と祥瑞から一点ずつ選ぶことにしました。裏表紙にも古染付と祥瑞から一点ずつ選ぶことができたのですが、あえて古染付か祥瑞か判断に悩む「菊栗鼠文徳利」一点にしました。私からの問いかけでもあります。皆さまは古染付と祥瑞、どちらだと思われますか。


祥瑞菊栗鼠文徳利
一口
明時代・17世紀前半 景徳鎮窯
石洞美術館蔵
高20.1㎝、口径6.3㎝
(本展覧会では、呉須の発色と祥瑞文様が描かれていることを重視して、祥瑞にしています)





特別展「古染付と祥瑞 ―愛しの青(blue)―」
主催:公益財団法人五島美術館・日本経済新聞社
協賛:東急グループ
会期:2025年10月28日(火)~12月7日(日)
 ※会期中、展示替えがあります。
休館日:毎週月曜日(11月3日、24日は開館)、11月4日(火)、11月25日(火)
URL:現在の展覧会・イベント | 公益財団法人 五島美術館
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