封切は壽泉堂さん。神谷町駅から仙石山の坂道を上り、二本目の通りを右に折れてすぐ、左手に見える「仙石山アートハウス」1階に壽泉堂さんのお店がございます。この地域は再開発が進み、今は「麻布台ヒルズの横」と申し上げた方が場所のイメージが湧きやすいかもしれません。

寄付 床
★お店に到着し待合にて身支度を整え、続いて躙り口を潜って本席へ…。

躙り口からの景色
★床の間、点前座を拝見。茶道口よりご亭主登場。
壽泉堂 主人 樫本氏:本日は、年の暮れのお忙しい中お運びくださいまして、誠にありがとうございます。走り回るほど慌ただしい師走に、折角お越しいただきましたので、しばし日常を離れ、ゆっくりとお愉しみのひとときをお過ごしいただければ幸いに存じます。
暁
ゆめののち 昨日のことをくぶるにぞ
おもひやらるる 者のあかつき
夢より覚めた明け方に、自ずと昨日の出来事が胸に去来し、想いがひしひしと迫ってくる──年の瀬を迎え、一年を振り返りながら名残惜しさと、初日の出を待つ心境をあらわしています。


連子窓から柔らかい光が茶室を包み込む

「願成就文日 聞其名号信心観喜」でございます。
「南無阿弥陀仏」の名号に触れ、それを信じる心を得たとき、人は救いと安らぎを実感する──浄土宗・浄土真宗の中心思想を簡潔に示す一文といえます。
十二月は「臘月(ろうげつ)」とも呼ばれ、八日はお釈迦さまが悟りを開かれた「成道(じょうどう)の日」にあたります。そのゆかりに因み、この掛軸を選びました。
花入は瓢(ふくべ)で、仙叟在判「顔子(がんす)」の銘がございます。
永青文庫美術館には、巡礼者の腰瓢を千利休が所望し、上部を切り取り鐶を付けて掛花入とした「顔回(がんかい)」という本歌の瓢の花入が伝来しています。「顔回」は孔子の高弟の名前で、その暮らしぶりは実に質素、わずか一箪の飯と一瓢の汁のみを食し、粗末な庵に住んで学ぶことを楽しんだと伝えられています。命銘は利休の「侘び」の精神を象徴するものでありましょう。
コロナ以前、東京美術倶楽部主催「済美茶会」にて永青文庫さんが茶席を担当された折、済美庵にて「顔回」の花入が用いられ、官休庵・千宗屋宗匠がお花を入れられたことを覚えております。
今回使用の花入は顔回より背が高く、孔子の弟子・顔回の尊称「顔子(がんす)」にちなみ、宗旦の四男・仙叟が銘を付けたものと考えられます。裏には黒漆で銘と在判がございます。煤で黒くなったふくべの侘びた趣が、年の暮れの風情にひときわよく合います。



香合は織部の辻堂です。辻堂といえば染付が多く見られますが、本作は織部でございます。染付の屋根形は四角錐であるのに対し、この香合は円錐で、全体に丸味があり、織部らしい抽象的な意匠が見どころです。

炉縁は大徳寺金毛閣の古材でございます。金毛閣は大徳寺の山門の二階部分に、利休が増築して名付けたものとして知られます。利休居士像を安置したことが秀吉の怒りを招き、利休自決の一因となったという逸話はよく知られております。


釜は古天明で、鐶付の辺りに可愛らしい「木菟(みみずく)」の文様がございます。木菟は、不苦労(ふくろう)で縁起物、魔除け・厄除けとされます。暮れは新年を迎える支度の時期でもあり、この釜を懸けました。蓋はヤツレで、鎹(かすがい)で直してあります。穴を完全には塞がず、あえて隙間を残すことで、お点前中でも蓋を切らずに使えるように工夫されています。なお、共蓋もあり、そちらは一葉の摘みになっています。

水指は唐銅、箱は宗旦と仙叟の書付です。宗旦が、前田利家の正室「お松」の菩提寺・芳春庵(院)にあった花入を譲り受け、水指に見立て加賀前田家へ茶堂として仕官していた仙叟に持たせたものと思われます。箱には「天和二年(1682)十二月(臘月)」と記載があります。仙叟もまた「臘月庵」の庵号を持ち、臘月に因んだ道具組となっています。


茶入は、瀬戸金華山・生海鼠手(なまこで)肩衝茶入、銘「鶉衣(うずらごろも)」でございます。「鶉衣」は継ぎはぎの衣の意で、箱書にも謙遜の名を付けたとあります。黒褐色の鉄釉が濃淡まだらに掛かり、斑文が鶉の羽模様のように見えることから銘が付いたのでしょう。生海鼠手とも呼ばれる所以です。挽家と箱は、豊臣秀長の筆頭家老・桑山重晴が隷書で「鶉衣」と書いています。重晴は利休に学んだ茶人で、藤堂高虎、小堀遠州の父 小堀新介正次とともに、豊臣から徳川へ仕えた有能な戦国武将の一人です。“継ぎ”はぎの衣になぞらえ、新しい年へ繋ぐ橋渡しの思いも込めました。仕服は笹蔓緞子・小牡丹唐草。重晴は来年(令和8年)のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟」でも活躍されるでしょう。




替茶器は、柴田是真作の一葉蒔絵茶器。切り株に、一枚の落ち葉が、蓋から胴にかけて蒔絵されています。


茶碗は、黒の長次郎。原叟の箱で「小槌」の銘です。お正月を前に「福」を呼ぶ意味と、除夜の鐘の響きに因み取り合わせました。


替茶碗は青井戸茶碗。大徳寺253世・怡溪(いけい)和尚の箱で、石州流怡溪派の方でございます。高台が小さく平形で、青味の釉の中にところどころ枇杷色の発色が景色となり、侘びた色調の席中に柔らかな抑揚を添えるものとして選びました。金継があり、これもまた「新しい年へ繋ぐ」意を重ねております。




茶杓は宗旦で銘が「軒下」。宗旦には珍しく歌銘が付いております。
淀ぬれば軒の下ふし折り曲げて
茶杓のすえは焼木なりけり
共筒・共箱(宗旦)です。茶杓の形がわずかに曲がっていることから、軒下の垣に使われた竹が水に触れて古び、通常であれば焼木になるところを茶杓にした──年の暮れに竹垣を新調して新春を迎える情景も重なり、この季節にふさわしいものと思いました。

蓋置は宗旦在判の竹で、岩の景に見えることから「古岩」の銘。


建水は見立ての南蛮。縄簾のような文様が上から下へ施されており、素朴で落ち着いた趣が十二月の名残に寄り添います。


最後に──
私事ではございますが、昨年(令和7年)11月21日に義母を亡くし、まだ日も浅い状況ではございます。しかしながら、茶の美の企画は以前より決まっており、臘月・宗旦・仙叟に因む道具組で準備しておりましたため、本来の心境とは相容れぬ部分もございました。それでも十二月の趣向を皆様に愉しんでいただきたい思いから、予定どおりの道具組で席を設けさせていただきました。
結果として、寄付の和歌は母への名残の思いと響き合い、本席の掛軸は阿弥陀仏の誓願が成就したことを述べる文であり、故人の往生を願う心と結びつきました。宗旦と子・仙叟の「親子」の取り合わせとなったことも、不思議な巡り合わせのように感じております。

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