「銀座美術」訪問記 2021-10-27 UP

茶の美の登録店舗に「銀座美術」が新たに参加しましたのでご紹介いたします。

令和3年10月、東京は緊急事態宣言が解除されコロナウイルスの感染者も減っており銀座も少しづつ賑わいを取り戻しているように感じました。
銀座四丁目交差点から西(日比谷駅方面)に歩き、マツモトキヨシの角を左に曲がるとリンデンの並木が続く「並木通り」があります。落ち着いた雰囲気で、昔ながらの名店も数多く残っています。南に下り、一本目(みゆき通り)を越した左側に和菓子の名店「空也」さんのビルがあります。「空也もなか」を求め、引っ切り無しにお客様が来店しておりました。「注意書き」は何もないのですが店内の混み具合を見ながら店の外で待つ、日本人の気の遣い様がとても印象的でした。
銀座美術は創業48年、空也ビルの4Fにお店があります。二代目ご主人 森田俊夫氏に色々とお話しを伺いました。

Q.銀座美術は和菓子で有名な「空也」のビルにお店がございますが、空也さんとのご縁を教えてください。

A.空也さんのお店は上野池之端にありましたが、東京大空襲で焼失し1949年に銀座へ移転しました。1973年に現在のビルに建て替える際に、茶人であり美術品のコレクターであった空也のご主人はテナントに美術商を入れたいとの思いがありました。そのとき父である銀座美術の初代 森田留次郎の勤め先であった「平山堂」と非常に親しくしていたため、そのご縁で父に声がかかり「銀座美術」を空也ビルに開業することとなりました。

Q.銀座美術の主な取扱品を教えてください。

A.川上不白を中心とした江戸中期以降の茶道具を扱っております。また、書画においては父が平山堂にいるときから琳派、狩野派を扱っておりましたので、さらに研鑽を重ね、酒井抱一からはじまる江戸琳派を中心に集めながらお客様にご紹介できればと思っております。

Q.ご主人が美術商になるきっかけを教えてください。

A.もともと絵などに興味があり美術が好きでした。学校卒業後は、親元を離れ社会の経験を積むため会社員となり、その後家業を継ぎました。茶道においては、平山堂と親交が深かった江戸千家の川上宗雪宗匠に指導を仰ぎ、お点前や茶道具のことだけでなく庭の掃除や水屋の支度など茶の湯者としての心の在り方をご教授いただいております。この業界に入って30余年が経ちます。これもひとえに続けてこれたのは、皆様方のご厚情の賜物と深く感謝しております。

 

Q.茶道具商として沢山の茶席にお呼ばれしたり、ときには水屋に入ることがあったと思いますが、今まで一番印象に残っていることを教えてください。

A.畠山記念館の茶席を手伝う機会を多くいただき、実際に名品を手にとり説明する機会がありました。大名物 割高台茶碗、本阿弥光悦の赤楽茶碗「李白」は触るだけでなく実際にお点前をさせていただきました。割高台茶碗は、室町時代に朝鮮より渡来し古田織部の所有となった茶碗です。後に鴻池家から畠山一清翁の手に渡りました。高台は十文字にくり貫かれている豪快な作風で安定感があり、とても点てやすかったことを覚えています。抹茶の色が映えていたのが印象的でした。今でこそ、この茶碗は重要文化財に指定されている為、このような機会はもう訪れる事はないと思います。大変貴重な経験となりました。



Q.茶道具商として一番やりがいのある瞬間を教えてください。

A.お客様からご注文をいただき、自分が良いなと思ったものをお客様にすすめて気に入っていただ時は美術商冥利につきます。これからも、そういう事を続けていければと思います。

 

 

★有難うございました。最後にご主人自らお茶を点てていただきました。大柄なご主人とは対照的な魯山人の小ぶりなお茶碗で、お茶も良く点っており、大変美味しくいただきました。ご主人のおもてなしに感服いたし至福の時間を過ごすことができました。現在はご子息である大揮さんと一緒にお店を営んでおります。銀座にお越しの際は、是非お立ち寄りください。

茶道具特別展 東京トートアンティーク
茶の美メールマガジン