2 遠州流的「楽茶碗」の異次元感覚との遭遇 木下史青 2024-07-19 UP

2-01 |楽茶碗という茶碗

 「楽茶碗」の話をする前に、一応前回までの記述を確認する。
 このたびの《「茶の湯文化」を“伝える”試み》では、点前を始める前までの、茶の湯道具の“置き合わせ”動画「転合庵で亭主体験」を紹介する。この動画は、GoProというウェアラブルな撮影機器を用いて、東博の茶室・転合庵にて、実際に行い、編集されたムービーをお客様に見ていただこう、という試みである。この試み、すなわちGoPro撮影へ至る顛末については、これまで3回の連載の中で述べたので、ぜひ再読していただきたい。

▼1 「茶の湯文化」を“伝える”試み 木下史青
https://cha-no-bi.com/posts/view/160

 さて、先日(6月5日)の昼休みに、東博の本館4室「茶の美術」展示室へ寄ったら、例の『「転合庵で亭主体験」道具置き合わせ』動画がアップされていた。
今年1月の『茶碗の鑑賞』動画に続いて、3月頃には客(女性)目線での『席入り、床・炉の拝見』動画に変わり、6月になって『道具置き合わせ』バージョンへ更新されて、いよいよ「楽茶碗」を用いた筆者自身の姿をモニター上に確認したのである。



このムービーを見ていて、昨年9月の撮影へ至るまでの、点法(点前)の様々な「約束事のあれやこれや」が脳裏をぐるぐるしてきた。脳裏によみがえったのは、お客様へ一碗のお茶を点てて呈するまでの、茶道での「約束事」は、まずその茶会を設定するための「道具組み」から始まる。この「道具組み」は、お客様をもてなす=喜んでいただくための大切なイメージづくりであり、亭主側の楽しみでもある。まあ今回は自分で道具組みをするわけではなく、東博の茶の湯担当の研究員が、博物館の所蔵品(茶入・水指・茶碗などの作品)を選定するのである。選定された道具に、必要な備品(柄杓・茶筅、茶巾などの消耗品)とを組み合わせたものが、03で書いた「茶会記」即ち茶会のための道具リストだ。この会記の中で示された茶碗が、「 茶碗:黒楽団子文茶碗 長入作 江戸時代・18世紀 G-5005 」そう、「楽茶碗」だ。長次郎からつづく一子相伝の茶碗。千利休の究極の宇宙「わび」がそこにあると思えば、大袈裟だが言い過ぎではなかろう。

「綺麗さび」の遠州流門人としては、常の稽古で「楽茶碗」を用いることは無く、このGoPro茶会にて客をもてなす上で、特別な茶碗として「楽」を選ぶ・・・のような茶事の企みが頭の中でぐるぐるした。僕にとって「楽茶碗」は、「茶人は孤独である。」(熊倉功夫(1977)『茶の湯 わび茶の心とかたち』 教育社歴史新書〈日本史〉81 P.14 第一章「わび茶の創造」「日本文化の特殊性」より)という記述を思いだす、そんな抽象的で宇宙的ともいえる存在なのだ・・・。



 2-02 樂長入 「串団子」

 筆者は20年以上この博物館に務めているものの、展示デザイナーという立場から、実際にモノ:収蔵品を手にしたことは数回しかない。茶の湯道具にしても、稽古用とされる品々は別として、この度は茶道具本来生かされるべき空間「茶室」で扱うことが叶うという特別な機会なのだ。そういうわけで、転合庵にて畳に置かれ、箱から出された「茶碗・黒楽団子文茶碗」 長入作 を初めて手にした。

▼茶碗・黒楽団子文茶碗 長入作|文化遺産オンライン




 この茶碗を左手に乗せて、右手の親指と人差し指の環で支えて、手取った瞬間、脇が固定され、なにか「背筋がゾワッ」とするような、言いようのない感じがした。初めて畳から“浮いてしまような“あの感覚を何と言ったらいいんだろうか。ああ、これが世にいう長次郎からつづく“寂”なる感覚か・・・と想起思念した、これは“侘”ではないな、といった感覚だったのである。これは理屈ではなく、侘なる精神世界とも違う、寂に通じる感覚、としか言いようが無かった。茶筅を動かす振りで、茶を練るのを想像すると、茶筅の先がずりずりと手に伝わるのが想像されて、なおゾワッとした。「楽」の粘土は、手びねりで工作して、乾かすのも削って薬を掛けて焼くのも、比較的扱いやすいんですよ~、とは友人の髑髏作家・丸岡和吾さんから聞いたことがある言葉だが、きっと素直な土で、盛り削りで複雑な形にして、低い温度で一碗ずつ焼成する茶碗づくりには向いている、という意味なのだろう。つまり、プリミティブで素直さを求める焼き物づくりには「楽」の土は向いているし、そこにこそ「作為を消し去ったうつわ」を作るための秘訣があるのではないか。しかし、逆に作為に溢れた「髑髏茶碗」の作りやすさにも通じるのでは・・・素人の思い付きとしてこれ以上述べるのは留め置く。この「串団子」茶碗を作ったのは、樂家の七代目、 楽長入(正徳4(1714)年生まれ/明和7(1770)年没)である。見た通りの黒い色で、光を当てるとやや艶のある肌で、胴には銘の通り「串で刺し通した団子三兄弟」が盛られた形がはっきりと浮き出る。この、黒い茶碗に団子を張り付けるコミカルさは、GoPro茶会で亭主と客との「茶席の会話」が繰り広げられる、笑顔の場をイメージした。これは、まさに「転合庵」が意味するところの「転合=ふざけること」につながるのではないだろうか・・・。

 茶碗が黒楽に決まり、あらためて茶入は、とみれば「 褐釉茶入 銘 木間(このま) 」ときて、これに金糸の輝く仕服を着せてぐっと重みがある。黒楽茶碗・串団子に、品のある重みの茶入、そしてやや奥には、重量感のある備前焼きの水指「 一重口水指 備前」が据えられた。そんな取り合わせを確認してから、遠州流の「草」に畳んだ茶巾を楽茶碗に入れて、濃茶筅を仕込み、縁に茶杓を乗せ、茶道口に置いた。茶杓の 櫂 先(かいさき)は上を向いているのを確認して。(千家流の場合は櫂先は下を向く)



 

2-03 楽茶碗の「質感」  ―バーチャル茶の湯体験とは



 前回の2話では、本館2階4室「茶の美術」展示室における『「転合庵で亭主体験」ー道具置き合わせ』動画の話を振り返った。
2階から1階の特別3室「日本美術のとびら」〈8Kで文化財 ふれる・まわせる名茶碗〉へ場所を移す。
そこでは長次郎の楽茶碗の〈模造〉を実際に持って?その感触を疑似体験することができるのだ。

8K文化財鑑賞ソリューション 東京国立博物館展示

「転合庵で亭主体験」で七代目楽長入の楽茶碗を手にした感触を思い出しつつ、長次郎の楽茶碗〈模造〉を手にすべく行ってみる。8Kテクノロジーで模した長次郎の「楽茶碗」は、長入の楽へ、そのシェーマ(図式・形式)をどのようにシェア(共有)しているのか・・・。そのことを「質感」として鑑賞することができるのだろうか。そもそも天目と井戸、志野とは、茶室での茶碗の扱いも見え方も異なる。それでもどれも「白い茶碗」を手にして、目前の映像を眺めて手を動かしながら、画面の問いに従って「見どころ・作り・高台」などのクイズに答える。一応問いに答えつつ、目を閉じ、手にした「白楽(黒楽)」を、畳に置いた茶室の空間を想像してみよう。あの転合庵で楽茶碗手にした時の、〈初めて畳から“浮いてしまような“あの感覚〉〈「背筋がゾワッ」とする〉ような感覚は無いかな。やはり茶室の中、畳の上で着物で袴を着けたフォーマル・スタイルで、客へ茶を呈する、という形を作らないと・・・やはり「茶の美のリアル」とはそういうもので、バーチャルな体験で、あの感覚で体験する/伝えることは難しいのではないかと思った。





 あらためて「楽茶碗」とは何だろう。ここで3人の先達の茶人・研究者の、利休・長次郎・楽茶碗についての記述をあげてみる。林屋晴三先生は、「大黒」 長次郎作について、「利久好み長次郎 黒茶碗の典型作というにふさわしい茶碗である。利休は、侘び茶が深まるにつれて黒い茶碗を好まれるようになったらしく、それは天正十年を過ぎた、十二、三年頃に焼かれるようになったのではないかと考えている。」(『名碗を観る』世界文化社)
 矢部良明氏は、「利休は室町時代の茶の湯を次々と打破していった。(中略)唐物絶対主義を捨てて現代美術をもって創作道具を考案し、不遇の数奇者が堂々と有産の数奇者と渡り合える道を開いた。」「長次郎の黒楽茶碗には、まさしく〈黒の気韻〉が生動しているのである。」(『ー冷•凍•侘•枯からの飛躍ー 千利休の創意』角川書店)
 木村宗慎氏は「釈迦」長次郎作 MIHO MUSEUM蔵 で濃茶を練った例にあげて、「黒楽茶碗に濃茶の緑は映えません。まして、利休が好んだ四畳半以下の小間のの茶室は暗いのです。黒茶碗は「見るためのものではありません。てのひらのなかのおさまりと、そこで感じる茶のぬくもり、それがだんちがいにすばらしい茶碗です。」(『利休入門』とんぼの本・新潮社)

 博物館における「茶の美」とは、「楽茶碗のリアリティ」を伝えるためには、まだまだ様々な試みが必要かもしれない。なぜなら、博物館に所蔵された茶道具は、本来の使われ方から切り離され、「使われる」ことが無いからだ。しかしいま、技術的に日進月歩の進化を示す、さまざまな「バーチャル・リアリティ」の可能性が、博物館にも採用されつつある。来館者は老若男女関わらず、皆スマホを使いこなし、文化財の情報や意味を、リアルタイムで共有可能となってきた。転合庵という小堀遠州ゆかりの茶室で、利休・長次郎をルーツとする黒楽茶碗・長入作を手にする、という機会に立ち会うことができた。まさに「楽茶碗と綺麗さびとの遭遇の茶の湯」創作茶の湯の場だったと認識している。現代は、そもそもの茶の湯の「ありよう」を理解し、茶の湯に関わる道具の「見かた・見せ方」を考えるべき時が到来し、筆者もそれを自覚して、茶の湯の楽しみを実践し、お伝えできればと思う。
 
文:木下史青 氏
 

筆者紹介
木下史青 氏

■プロフィール
1965年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科 博士後期課程修了 学位取得(美術)、株式会社ライティング プランナーズ アソシエーツを経て、1998年より専属の展示デザイナーとして東京国立博物館に勤務。
照明、配置、保存など展示に関するプロデュースを主な業務とし、「国宝 平等院展」「国宝 阿修羅展」をはじめとする特別展・総合文化展の展示デザインを手がける。現在、独立行政法人国立文化財機構 東京国立博物館 上席研究員(デザイン)。

■略 歴
2004年、東京国立博物館の本館リニューアルにおいて平常展示のリニューアルデザインを担当し、2006年日本デザイン学会年間作品賞、2016年「平等院ミュージアム鳳翔館」照明改修・北米照明学会照明賞「Award of Merit」、2017年「那覇市立壺屋焼物博物館」照明改修・北米照明学会照明賞「Award of Merit」を受賞。
著書:『博物館へ行こう』(岩波ジュニア新書)、『東京帝室博物館・復興本館の昼光照明計画(東京国立博物館 紀要)、共著に『昭和初期の博物館建築』(東海大学出版会)。
 
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